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福井地方裁判所 昭和46年(行ウ)5号 判決

原告 小沢家隆

被告 環境庁長官

訴訟代理人 遠藤きみ 大岡進 藤田劭 高島光男 ほか六名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

原告は、「被告が昭和四六年六月三〇日付厚生省告示第二四八号をもつてなした越前加賀国定公園一部解除処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、本案前の答弁として主文同旨の判決を求め、本案の答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二主張

一  請求原因

1  昭和四三年五月一日に国定公園の指定を受けた越前加賀国定公園(以下「本件国定公園」という)は、海岸沿いの自然林、雄島、安島、東尋坊などの日本海の海岸線及び荒波など四季を通じての風光明媚な景勝地として、福井県の観光の拠点である。

2  ところが厚生大臣は、本件国定公園の一部である福井県福井市及び同県坂井郡三国町の各一部の区域(以下「本件解除区域」という)に建設予定の福井臨海工業地帯の開発に関連して、本件解除区域につき昭和四六年六月三〇日付厚生省告示第二四八号をもつて越前加賀国定公園一部解除処分(以下「本件処分」という)をなした(処分庁は、自然公園法(昭和四六年法第八八号)附則第四一条第一項により被告が承継した)。

3  しかしながら本件処分は次の理由により違法である。即ち本件国定公園のごとき自然的景観は、広く国民共有の財産として現在及び将来の国民が等しく享受すべき資産として、将来に亘つて永く維持、保存が図られるべきである。しかして国民は憲法一三条、二五条により快適な自然環境の下で文化的な生活を享受する権利、即ち環境権を有する。この環境権は良き自然的環境を観賞し享有し且つ、これを支配しうる権利として、より積極的に国又は地方公共団体に対し良き自然的環境の確保を要求しうる権能を含む具体的権利である。また環境権は、民法上の物権的支配権として排他性をもつ故、各人は自己と関係のある自然的環境全体に対し具体的な被害が何人に生じているかにかかわりなく行使し得る権利である。しかして被告のなした本件処分により本件解除区域に企業優先のための福井臨海工業地帯が造成されると、右区域の前記自然的景観が破壊され、原告の環境権が侵害されることは明らかである。また本件処分は国民の健康で文化的な生活を享受するため国に観光に関する政策を求めた環境権の保護立法たる観光基本法、自然公園法、森林法の諸規定に違反するもので、結局本件処分は右憲法及び各法令の規定を明らかに無視するものであるから、その取消を待つまでもなく当然無効である。

よつて、原告は被告に対し本件処分の無効の確認を求める。

二  本案前の答弁

行政処分の無効等確認の訴は、行訴法により当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるとされているところ、原告には本件処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益があるとは認め得ないから、本件訴は、不適法で却下されるべきである。即ち

1  国定公園は、国立公園に準ずるすぐれた自然の風景地であつて環境庁長官が指定したものをいう。しかして右指定がなされると、当該国定公園区域内における貴重な自然の風景地が保護され、また施設の整備等がなされる結果、国民の国定公園の利用の増進が図られることになるが、これは国が国定公園を指定したことに伴つて反射的に生ずる事実上の利益に過ぎず、個々の国民が具体的権利として国定公園の指定権を有する結果ではない。この理は国定公園の指定の解除の場合も同様であつて、右解除により、当該地域の自然の風景地の保護が手薄となり、あるいは公園の利用が図られなくなるとしても、それはかかる反射的利益の喪失に過ぎない。加えるに原告は本件解除区域外である福井市新保町に居住するものであることを考慮すると、本件処分自体により直接に原告の権利または法律上の利益が侵害されるものとなすことはできない。

2  また原告は、環境という資産に対する権利という意味で「環境権」なるものを主張するごとくであるが、憲法二五条により関係行政機関が負担する環境保持の義務は、大気、水等の環境が侵された場合にそれを取戻す義務であるが、かかる義務は関係行政機関が国家に対して負担する責務であつて、個々の国民に対して負担する具体的義務ではないから、原告主張の「環境権」は明らかに失当である。

3  更に観光基本法は、「観光の向かうべき新たなみちを明らかにし、観光に関する政策の目標を示すため」に制定されたものであつて、国民に対して具体的権利を附与し、あるいは義務を課するものではないから、観光基本法に基づき、権利または法律上の利益を主張し得るものではない。

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

請求原因1、2の事実は認める。同3は争う。行政処分が無効であるためには、当該処分に内在する瑕疵が重大な法規違反であることのほか、瑕疵の存在が外観上明白であることを要するところ、本件処分には右のような瑕疵は存しないから、無効の行政処分となるものではない。即ち、被告が本件処分をなした経過は次の通りである。福井県は昭和四四年五月経済企画庁発表の新全国総合開発計画における裏日本開発計画の一環として本件国定公園の海岸線のほぼ中央部にあたる福井県福井市及び同県坂井郡三国町の各一部、通称三里浜一帯について、福井新港建設とこれに隣接する臨海工業地帯の造成を行なう開発計画を樹立した。そして昭和四六年三月福井県知事から右開発計画実施のため「福井新港建設に伴なう越前加賀国定公園指定地域の一部解除について」と題する請願書が提出された。そこで厚生大臣は、自然公園審議会に諮問したところ、昭和四六年六月一七日本件国定公園区域の一部解除を条件つきで認める旨の答申を得たので、関係県である福井県の意見を聴くと共に慎重な検討を行い、右開発計画が福井県にとつて必要性が高く、且つ本件解除区域を解除し、この計画が実施されることになつても、本件国定公園が国定公園として充分風致景観を維持し得ること等を判断して本件処分をなしたもので、本件処分は、その手続及び内容に重大且つ明白な瑕疵は何等存しない。

理由

一  原告の主張は必ずしも明らかではないが、要するに本件処分は我が国民が越前加賀国定公園につき等しく有する自然的景観を観賞享受する権利である環境権を侵害する違法ないし解除地域に工業地帯が現出することによる環境阻害の危険性があり、右違法は重大かつ明白であるから、当然に無効というにある。

二  よつて審按するに自然公園法は、国定公園の指定につき、国立公園に準ずるすぐれた風景地であつて、環境庁長官が関係都道府県の申出により自然公園審議会の意見を聞き区域を定めてなすとされている。そして国定公園の指定がなされると指定にかかる地域での一定の行為は都道府県知事の許可を要することなど自然的景観の保護対策が講ぜられるため、その結果として、地元住民もしくは国民一般が自然的景観を観賞享受する利益を得ることができるが、右の利益は国定公園の指定に伴なう反射的利益に過ぎず、法的に保護される利益とはなしえない。また原告主張にかかる観光基本法、森林法等の諸法はいずれも国民一般に対して越前加賀国定公園につき原告主張のような自然的景観を観賞享受をなしうる私法上の権利を認めたものとは解されない。なお本件処分により国定公園の指定を解除された地域が将来工業地帯となり、自然的景観の阻害その他の環境阻害が現出したとしても、右解除地域に居住する住民にして社会生活上受忍限度をこえる環境阻害があることを理由に当該事業主体を相手取り損害賠償その他の法的救済を求めうるのは格別、原告の主張するように本件処分それ自体を原告を含む我が国民一般が環境阻害発生の危険性を理由に争い法的救済を求め得る権利が存するとは解されないこと多言を要しない。これを要するに、原告の主張自体に照らし本件処分により原告が法的利益を直接に侵害されたと認めることは到底できない道理である。

三  してみると、原告は本件処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者とはいえないから、本訴請求は不適法として却下を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松本武 川田嗣郎 桜井登美雄)

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